美容でICタグが拓く流通業界の未来、三越の実験で見たもの

美容で今年、2007年の1月末から2月上旬にかけて、三越銀座店の化粧品売場は、ニュースを見て押しかけた女性の列とそれを遠巻きに見つめるオジサンで、いつもより少し賑やかになっていた。

 目当ては、店頭での無線ICタグによる実証実験である。ICタグを活用した実験は多くの業界で以前から行われているが、今回は少し様子が違っていた。

 筆者も構成や検証設計などで参加したこの実験について報告しながら、流通業の新たな可能性について考察してみたい。(碓井聡子・富士通総研シニアマネジングコンサルタント)

■顧客がためらう時間を豊かにする

 百貨店の売場、特に化粧品売場は、「何となく」歩きまわるには少し勇気がいる場所だ。各化粧品ブランドのカウンターの中には完璧な化粧をした美しい美容部員が何人も控えており、サンプルなどを見ている顧客に声をかけ、商品情報を丁寧に説明してくれたり、実際に化粧をしてくれたりする。

 しかし、顧客はこうした手厚い接客を歓迎する一方で、買いたいブランドや商品がはっきりせず「何となく」見ているときに声をかけられると、少し居心地の悪い思いをするものだ。

 今回の実験では、カウンターに置かれたサンプル商品にICタグがつけられており、顧客が手にとってかざすだけで商品情報を簡単にディスプレイで見ることができるようにしたことで、何となく迷っている時間でも気軽にカウンターに立ち寄り易いようにした。

 サンプルをかざすだけで得られるのは商品情報だけではない。春の新色としてサンプルで出ている各口紅や頬紅、アイシャドーで化粧をした自分の顔を、画面の中に見ることができる。

 仮想メイクアップだ。この試みがテレビで報道された途端に行列ができたことでも分かる通り、自分の顔をベースにして、簡単に色々なメイクアップ商品を瞬時に試せるのは女性にとって実に面白い。

 こうして、声をかけられることをためらうような居心地の悪い時間は、気軽に立ち寄り、美容部員の手を煩わすことなく、気ままに情報を得て楽しむことができる豊かな時間に変わったのである。

日本経済新聞 - 2007/3/2